2019年、記憶に新しい日本開催のラグビーW杯。
「笑わない男」として各ニュース、バラエティにも取り上げられ、一躍その名を世間に轟かせた選手がいる。
稲垣啓太
日本の背番号1。プロップという最も最前線で相手とぶつかり合い、特に接触の激しいポジションで戦う。
彼がいかなる時も表情を崩さず、隙を見せないのには、強靭なメンタルの持ち主であるが故、のことだった。
【写真:Getty images】
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「淡々」という美学
もともとメンタルは強かった。心が折れた経験というのもほとんどない。
「練習がきついとかは、全く問題じゃない。自分が目指しているものに対して、厳しい、苦しい想いをして結果を得ようとするのは当然のこと」(number 1007号 『メンタル・バイブル 2020』)
結果を出すためには、苦しみを味わうことは至極当然のことと理解している。
基本的に悩みは自己解決。練習を積み重ねることで自信をつけていく。他人に答えを求めることはほとんどない。
ラグビー日本代表には、ガルブレイスというメンタルコーチがいた。事前合宿から大会にかけて、稲垣は面談の機会を設けられた。そこではコーチから、稲垣の「オーバー気味」のトレーニングについて提言があった。「このままだと壊れる-」
それれに対して稲垣は「休みの日でも何もしないのではなく、自分なりに体を動かすことで回復を図っている」と答えた。すると「自分でわかっているんだったらいいよ」とコーチも答える。
あっさりとした面談内容に見える。
しかし稲垣にとっては意味のある面談だった。
「その面談がタメになったか、なってないかで言えば、なっているはずです。僕はこれまでいろんな人の考え方に触れてきました。それらを全て汲み取って、自分の中に吸収してきたものもありますし、それは合わないと切り捨てたものもあります。全てを最初から否定することなく、どんな意見もとにかく全部一度は僕の体の中を通っていますから」
全て、一度は受け入れる姿勢。【絶対的な自信】を作るには、出会う人全てから学び、吸収する姿勢を崩さないことだ。
少年時代、憧れは野球の松井秀喜さんだったという。
ホームランを打っても何事もなかったかのように振る舞う。決して大はしゃぎすることはない。
その姿勢に品格、美学を感じた。
「何かを成し遂げても、淡々と振る舞う。一つの美学みたいなものを感じます」
今、稲垣はその通りのラガーマンを体現している。
【写真:パナソニック ワイルドナイツ】
「準備」の重要性
コロナ禍、アスリートにとっては試合が組めず「モチベーションの維持」が心配されている。
しかしこんな時も「淡々」とする男はモチベーションは関係ないと豪語する。
「だって、自分が今やるべきことは、自分の目的を果たすタメにトレーニングすることだけ。自分の(ラグビーをする)目的は、自分のメッセージを伝えるためにラグビーで結果を残すこと、なんです。モチベーションもクソもなくて、ただその時が来るまでにちゃんと準備しておくだけ」
コンディションはむしろ上向いている。
世界で見れば、フィジカル的にもメンタル的にも優秀な選手がたくさんいる。その選手と最前戦で対峙する稲垣に「怖さ」はないのか。
「高校の頃から、相手が怖いと思ったことは一度もないです。相手を打ちのめすために準備して、自分の中で備えて、蓄えて、グラウンドに立ってるわけですから。あとはもう、やるだけです。結果的に試合で負けることもありますけど、そしたら自分の準備が足りなかったんだな、と。」
「負けると、落ち込むとかではなく、腹が立つというイメージ。そこからすぐに、いったい何がたりなかったのか?と冷静に考え始める。つまり、いいことがあっても大喜びせず、結果が出なかった時でも落ち込まず、そうやってひたすらに成長を繰り返してきたわけです」
「負け」は素直に認める。そしてすぐに自分に足りなかったことを分析する。負けると腹が立つが、その後すぐに足りないところを修正・改善して行動。成長のポイントはこのスピードだと思う。
「落ち込む」ことをしない。落ち込むだけでは何もしないのと等しいが、すぐに次の行動に移すことを実践している。それを支えるメンタルは、このトライ&エラーが成長につながることを認識しているから迷うことなくできるのだろう。
【写真:Web Sportiva】
〜MINEのつぶやき〜
絶対の自信は、これまで積み上げてきたものから作られていた。
そしてそれは無駄なことも経験することで積み上がる。やっていることが正解かどうかはわからない。後から見れば無駄だったと思うことも、経験しているから自信の上積みになる。
誰よりも経験して、誰よりもトレーニングして、誰よりも辛い想いを味わう。
稲垣はこれが最も自分の成長に近づく道だと感覚で理解している。だから淡々と「準備」を推し進めることができるのだろう。
結果を残すアスリート、ビジネスマンには、例外なく根底に「量」の積み上げがある。
まずいきなり「質」を求める人もいるが、実際に行動し、肌を通して感じた感覚が自分の中に残る。そして分析。そして修正、即行動。この繰り返し。
スポーツでも仕事でも同じ。
トライ&エラーが成功の基本である。
結果を残すアスリートは常にそれを実践している。