今でも記憶に新しい。2019年、自国開催で行われたラグビーW杯での日本チームの活躍。
見事に史上初のベスト8を勝ち取り、これまでの日本ラグビーの歴史に大きな功績を残すこととなった。
個人的にこのチームの印象は、「気持ちが強い」集団。勝ちに行く姿勢、相手に立ち向かう姿勢がプレーの一つひとつから伝わってきた。画面越しで見ているのに、鳥肌が立つほどのプレーが続いた。
ラグビーはフィールドに1チーム15人いる。
全員が同じ気持ち、同じ方向を向いたとき、とんでもなく美しく、鮮やかな、激しいスポーツを見ることができる。
人を魅了する日本チームには、どんな秘密があるのだろうか。
(写真:スポニチ)
Contents
「祖先」を知る
今大会、日本代表のヘッドコーチを務めたのがジェイミー・ジョセフ。ラグビー王国、ニュージーランドの出身。そして今大会の躍進に欠かせないコーチがもう一人いた。ジェイミーを同じニュージーランド出身のデイビッド・ガルブレイス。日本代表のメンタルコーチである。
ガルブレイスのトレーニング内容はユニークだった。
トレーニング中の心拍数が上がっている状態で、ホワイトボードに一見複雑そうで、冷静に考えれば答えられそうな問題を出題する。選手たちはみんなでああだこうだと話し合いながら答えあっていく。この出題の意図をガルブレイズは答えた。
「瞬時の判断、一瞬のうちにリスクを取れるかどうかが勝敗の鍵になるんです。無意識にリスクを取れるよう、こうしたトレーニングを思いついた」
そしてもうひとつ。日本選手には不思議に感じる面があった。
ガルブレイスは日本選手が追い込まれたときに、精神面での相談に乗ってメンタルを整えていくということをしませんでした。行ったのは「祖先」の話。
ラグビーの試合に「祖先」と言われ、最初は受け入れ難い選手もいた。しかしガルブレイスは「自分たちの祖先を知ること」の重要性を強調した。
「祖先がいたからこそ、今の自分が存在します。もしも、祖先との繋がりを把握していなかったとしたら、人間としての中身は空っぽも同然です。自分の深層によりどころのない人間に、プレッシャーのかかる場面での耐久力があるでしょうか?なんのために戦うのかを理解することで、人間は強い意志をもち、獰猛な部分を解放することができるのです(number1007号 メンタルバイブル2020)」
例えば、「相手選手にタックルにいく選手が自分のことを深く理解していれば、相手を倒しにいってるのが自分んだけではなく、1000人分の思いが込められていると言っても過言ではない」という。
自分という存在は祖先によって誕生し、食事も文化も歌も全て祖先から受け継がれている。それを辿れば、自分という存在の中には何人もの思いがこもっている。
この理解の奥底には、個々への理解の先にチームの成長があるというガルブレイスの考えがあった。
「自分が何者なのか、そしてこの集団はなんのために戦うのかを深く理解できれば、より大きなことにチャレンジできます。その域に達すれば、不安や恐怖は消え、試合では大胆な判断が可能になり、健全な形で自己表現ができるのです。それは日本代表が証明していますよね?」
まず自分自身の理解。迷いをなくすこと。不安定になりやすいメンタル面を、自分がどんな存在で、どんな環境、どんな先祖のもとに生まれ育った身なのかを知り、まっすぐで迷いのない組織が出来上がった。
【ジョセフHC(左)に招へいされたメンタルコーチのガルブレイス氏(右) 写真:スポーツ報知】
「対話」によって生まれたもの
「コーチング」の手法の一種だろうか。
ガルブレイスは、彼らが内面へと向き合うときには「対話」にも時間を割いた。
身体への不安、そこから生まれる気持ちへの不安が生まれる選手もいる。そんなときにメンタルコーチのガルブレイスは明確な答えを用意しているわけではなかった。
選手の考えに対して、
「それはどうしてなのかな?」と理由を尋ねる。この質問によって、選手は自ずと自身の内面を深掘りする。その繰り返しによって、「俺、こういうことを考えていたんだな」、と気が付く。
ガルブレイスはキャプテンのリーチ・マイケル、主軸の稲垣や流、コーチ人とも対話を重ねた。対話に多くの時間をかけることを意識していた。
そして、気づいたことがある。
「ジャパンは改革志向の集団ではありませんでした。変えることよりも、それまで培ってきたチームの哲学を掘り下げることで、熟成したリーダーシップを発揮できるようになった。哲学をメンバーで共有し、徹底させる意識が強かったのです」
そしてジャパンチームのリーダーたちを「守護者」と表現した。
チームの全員が、まさに人生を懸けた大会だった。自国開催のW杯に挑むミッションを理解し、日の丸を背負うことの責任、自信を持って命を懸けたプレーをした。
10月13日の夜、スコットランド戦に勝利したジャパンチーム。試合後には、観客席も一体となりチームソングの”ビクトリー・ロード”を歌った。
「あの瞬間のことを思い出すと、今でも鳥肌がたちます。あの日、日本の皆さんはラグビー日本代表を通じてつながるという、文化があの場にはあったのです」
技術、戦略、戦術だけではない。
メンタルコーチ、ガルブレイスの「コーチング」によって選手たちの理解を深め、命を懸けることができるチームに、信頼の持てるチームに育んだ。
その結果が、2019年ラグビーW杯の快挙へとつながった。
〜MINEの呟き〜
恥ずかしながら、あの大会中、ガルブレイスの存在を知らなかった。
選手の心に焦点を当てる。
ガルブレイスの存在を知り、改めて人の心、メンタルの部分の重要性について気がついた。対話を通じて、アスリートの使命、自己理解、目指す場所を深層から掘り起こした。その結果、すべてクリアになり、やるべき行動、試合で進むべき道に迷いがなくなった。
自分もこんな仕事をしたい、アスリートにこんな形で支援できたら理想的だと思う。今は憧れ、羨望の眼差しでこの記事を書いている。でも将来、私もアスリートに対して、誇り高き仕事と価値を提供している。
一見、「祖先」とか「対話」と聞くと、スポーツと離れているかなと感じるが、全然そうではない。全てつながっていて、確かに選手の行動から迷いが消えている。
そして多くの選手、コーチと対話を重ねることで日本チームは「今まで培った哲学を掘り下げ、共有することで、強烈なリーダーシップを発揮する」ということに気がついた。このことにガルブレイスの凄み、価値の高さを感じる。「対話」の力、「コーチング」の力を感じた。
あの快挙の裏には、心・メンタルへのフォーカスがあった。
ガルブレイスが日本におこした風はとてつもなく大きなものだったと思う。